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工学部電気電子工学科

ペンネーム:ひりあ

京大を志望した理由とその時期

僕が京都大学を目指そうと思ったのは高校2年の終わりのことでした。もともとパソコンのハードウェア系が好きで工学部の電気電子工学科に行くことは決めており、この時までは名古屋大学に行くつもりでしたが、先生にもっと上目指せと言われたことと、森見登美彦さんの作品にハマってしまったことで京大受験をすることにしました。

受験勉強の仕方

とりあえず以下に自分の受験勉強についてまとめます。カッコ内は大まかな平均自習時間です。

高1から高2(不明)

勉強より部活動かアニメを見ていた記憶しかないです。とりあえずおいていかれないよう教科書を読み、宿題は答えとか見ずに多少時間をかけてちゃんとやるようにしていました。また、高2の終わりの3月に某有名塾に入り、部活の傍ら映像授業を受け始めました。

高3の4月から8月(6時間、夏休みは8,9時間ぐらい)

受験で最も忙しかった時期でした。学校での授業後の補習や土曜学習会、夏期講習会などに積極的に参加しつつ、それ以外の時間は塾に行って閉館時間まで映像授業を受けました。また、国語は二次の過去問を、数学は学校指定の実践系テキストを学校の先生に直前期まで添削してもらっていました。理科は8月時点で有機化学と電磁気学を習い終わらせ、9月には過去問演習を始められるようにすることを目標にしていました。英語は帰国子女だったので時々単語帳をやるのみでした(ある程度の英文を読みたかったため速読英単語をつかっていました)。あと、数学の先生に「お前の凡ミスは不治の病」と宣告され、なんか悔しかったのでこの頃から見直しを徹底するようになりました。

9月からセンター前(夏休み9時間、以降3~5時間ぐらい)

この辺りから過去問演習に集中しました。月1回二次の過去問1年分、それ以外はセンター過去問と学校の課題をやりました。この辺から失速し、「なぜ京大なのか、名大ではだめなのか」と考え始め、進路指導室に入り浸り先生に愚痴をいってストレスを発散していました。病み期でした。センター直前は当時85点を越えたことがなかった地理Bの模試の過去問を毎日狂ったように解き続けました(なお、このおかげか本番は98点に到達しました)。

センター後から二次試験まで(自由登校時7,8時間)

過去問をひたすら解き、その都度換算得点を計算して現実を見ました(最初の頃はだいたい頭を抱えて目をそらし、後半は目をつぶり始めました)。8年分ぐらい解きつつ、直近5年分ぐらいを忘れた頃にもう一回解きました。解答解説は引っかかるところを一つも残さないように繰り返し見ました。それも終わったら数学と理科は25カ年をやり始め、今年受けた記述模試すべての復習を始めました(特に英物化)。私立の勉強は受験前日に一年分のみやりました。終盤は記憶がないです。

その他、有名な進学校ではなかったので、一年を通して同じ学校の生徒全員と、すぐ近くにある格上の進学校の生徒全員を模試で負かすことをモチベとしていました。また、自分のダニレベルのメンタルを保護するために、常に自分に「大丈夫、浪人もきっと楽しいさ!」と言い聞かせたりいろんな予備校のパンフを見て想像を膨らませたりと、ある意味前向きに受験できるようにしていました。

振り返ってみると、1、2年時に基礎をちゃんと固めていたのが勝因で、3年時は基本的に学校と塾の指示に従っただけで特別なことはやらなかった気がします。いくら京大の二次が特殊とはいえ、過去問をやっていればだいたい感覚が掴めてきます。あと、勉強をやるときは頑張る代わりに積極的に息抜きをしていったのも結果的には悪くなかったと思います(例:電車の中では単語帳より音ゲー、休み時間は当然休む、月一回山へ行く、寝る前にアニメ、朝は布団でギリギリまで粘るetc.)。でもいま客観的に見てみるとどう考えても真似はおすすめできませんね、はい。

受験期の印象的なエピソード

「俺、二次試験チョー出来たから絶対受かったわ」と言ってた人がそのまま滑り抜けていき、絶対受かったって言う人から落ちていくフラグってほんとにあるんだなあ、と実感しました。あと、二次試験直前に一年間溜め込んだ五円玉百数十枚をまとめて神社に投げ込んだのにはすっきりしました。

受験生に一言

ちゃんとやることやってれば割と普通に受かると思います。あと必要なのは運だけです。お賽銭ははずみましょう。それでは京大合格を目指す諸賢についてはくれぐれも後悔することのないようにしてください。